暇潰ししてますか

朝から車のオイル交換 その後はリヤドアのスピーカーを交換してましたよ

ついでにドアのエクボもスプーンを使って押し出しましてね デント処理ってやつですわ

そこそこ凹みは戻ったんですがね、塗膜が欠けるような突き傷までは素人では無理ですな

下地(鉄部)が出るような傷は板金屋で塗り直した方がいいですな?高いけどね

貧乏人の私はタッチアップペイントしてごまかしましたけどね

 駐車場で隣の車のドアなんかが当たったような緩い凹みだったら綺麗になっちゃうと

思いますよ素人でも テント専門業者に頼むと2万位とられるんでしょ?多分ね

 さて 釣りしなくても結構暇潰しってできるんだなぁ~って、最近思うようになって

きましたよ

例年なら休みの度に釣りに行き、なんだかんだ言っては土日連チャンなんてことも

してました 他にもやりたい事ややらないといけない事を黙殺してきた訳ですよ


NEC_0044_20110319225536.jpg


今年は近県の釣りに関しても良い話を聞きませんし、楽しかったはずの根尾本流の

マッチ,ザ,ハッチの釣りも何だかそこに放流される魚が憐れに思えるようになって

しまいましてね 心の底から楽しめるってものでは無くなってしまいましたよ

目の前でライズする魚が居れば何も考えずに竿を振ってしまうパブロフの犬状態の私でした

しかし ぼけっとする時間が長過ぎたのか?色々思う訳ですよ

私はC&Rを行ってますよ この釣りをする様になってからですがね

それをする事が良い事だって思ったからですよ 魚が減らない また釣れるからってね

多分それをしてる殆どの方はそう思っていると思いますしフライフィッシングしてる

多くの人が諸先輩からそう教わってきたものだと思います

”あれっ このイワナは前回も釣ったぞ?” ”このアマゴの鱗の状態は見覚えがあるな?”

ってことが実際にあるからC&Rしてる訳ですよ

釣っても逃がしてやれば殆どはその流れのどこかで泳いでいるんですよね 

そして次の世代に繋がっていくって期待を込めてそれをしてる きっとね

IMGP1976_20110321123554.jpg


 でもさ水が無くなったりしてそこで生きていけない状態になる川だとすればどうなんでしょう

C&Rをする意味ってあるんでしょうかね?

それを考えたら魚を逃がしてやる行為は魚の為ではなくて魚が死ぬまでに何度かまた釣りたい

って思い丸出しの勝手な釣り人の自慰行為としか思えなくてね 皆さんその辺考えた事ありますよね?

何年かこの釣りをしてきてやっと最近になって気付いたんですよバカな私は

人の都合で色んな事や物が壊れていくんだなってね













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テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

tag : マッチザハッチ ライズ

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blue さんこんばんわ

> ところで根尾には2回しか行ったことがなく(しかもボウズ)、よく知らないのですがあんなに大きな河なのに水がなくなっちゃう時期があるんですか?

あるんですよ、ほぼ毎年
農繁期に水田や畑に水を送るのために山口堰堤から取水するので、その堰堤から下流は細々とした流れに
海老堰堤上辺りは砂漠のようになりますよ

フライやってる人達はその頃には山へ入ってしまうのでの根尾川下流部を見に来ないでしょ?
がっかりしますから見ない方が良いかもしれませんが...

> 自分にとって楽しくヒマつぶしできるんならそれでいいんじゃないかなぁ?
その通りだと思います、楽しくヒマつぶししたいなぁ~

ケンさんこんばんわ

> 釣りって 貴方のおっしゃる様に 魚に対する人のエゴなのかもしれませんね。
そうかも知れません
特に私がしてきたことはエゴ以外の何物でもありませんでした
山へ行く事が基本的に好きなんですよ
自分の行為の結果を見据えて遊びに行こうと思います

Re: No title


> 根尾のおかげで色々の知り合いができたのもあって...
私も根尾でだけではないですが、川では色んな人と知り合いになりました
根尾へ私が通い始めた最初の年 初めて行った私にも根尾の魚はほほ笑んでくれたんですよ
モンカゲやエルモンの大量ハッチ それを捕食する筋肉質の銀色に輝く背中にも憧れました
ここ何年もそう言った光景が見られなくなった事は非常に淋しい事ですよ
それまでは良く川で会った方にも会わなくなりました、それでもライズの釣りが楽しくて私は
通ってました、新しく知り合いになる方も居ましたしね
 
 何年か前に有志で成魚放流をしたんですよ、180kg位じゃなかったかな?
最初の年は放流資金を出した誰もがただただ釣れる事が楽しかったのかな
2年目も同じようにして釣る事は楽しかったのですがね、疑問を持ち始めたのはその頃です
瀬切れするこの川に成魚を放流しても意味が有るのかとね

そんな過去の思いがあるのに私は今年も有志放流に少しだけ協力してしまいました
人間たちがそこで魚を釣りたいが為だけに魚を放流する
放流された魚達がその場所で生きていけない事を知っているのにするのです
本当は大切にしないといけない魚達なのにです
根尾へ行く度にその行為に対する罪悪感で自分がいやになる
そんな思いが素直に根尾で遊びたいと思わなくなった一因です

“犬”の諦観 或いは思考停止

こんばんは。

なんだか厳しいって言うか、難しいことになってますね。

未だ“犬”状態の私でもC&Rについては自分なりにも考えたことはあります。
他の方がコメントしているように結局は釣り人のエゴなんでしょうね。
そりゃあ魚だって釣られることなく餌を食べて子孫を残していくことが一番いいに決まっているでしょう。(魚に直接聞いたわけではないのでおそらくですが。)
でも、エゴの部分を突き詰めていくと、最後は釣りと言う人間の行為からひいては人間の存在そのものの否定に行きついてしまいます。

魚をとることを生業としている職業漁師でなければ要するに“趣味”なんだから、楽しくなければ別のことをした方が気持ちの上で健全だと思います。
私の場合はバイクとキャンプになるでしょうが、汁神さんならワインディングのドライブでしょうか?

釣りだろうがガソリンの浪費だろうが、いずれにしても趣味はエゴイズムでマスターベーションなんだから、自分にとって楽しくヒマつぶしできるんならそれでいいんじゃないかなぁ?

ところで根尾には2回しか行ったことがなく(しかもボウズ)、よく知らないのですがあんなに大きな河なのに水がなくなっちゃう時期があるんですか?

ナチュラリストだのアウトドアマンだの こう言う言葉って 自然を愛する、なんてイメージで
使われていますが、以前より私は違和感を覚えていました。
確かに その様な活動をされている人達もみえますが 大部分の人達は結局 破壊者ではないのかと。
釣りにしても 釣り場まで車で行く事が どれ程自然に対して悪影響があるか。
もしかしたら 自然に優しい人達って インドアの人達ではないかとさえ思います。
釣りって 貴方のおっしゃる様に 魚に対する人のエゴなのかもしれませんね。

No title

こんにちは~。

根尾のおかげで色々の知り合いができたのもあって、他所から来た身にはありがたかったですが、現状は妥協の産物ですよね。
近くの釣り場でライズが狙えてしかも大きくて綺麗な魚が釣れる夢(可能性)もあるのが魅力ですよね。
釣り人が増えればいつかは刺し網を止めてくれるたり、水も干上がらないようにできるのではと期待していたのですが、ここ2,3年見ているだけでは理想は掲げるものの、実際は目先の対象魚を確保するのがやっとという印象です。
川というのは思いいれがある人以外から見ると田んぼのためだったり、目の前のゴミを流してくれたり、地元の土建屋さんの収入を保証する程度のものなんだな~といつも思います。
でも、他の川を含めてこれ以上の環境悪化や魚影が薄くなるのは何とか食い止めたいという思いはいつも持っています。
根尾だけではありませんが、公共事業に掛ける余裕も無くなって少しは自然に感心が出てきていると思いますので、少しづつでも悪化が抑えられるのではと前向きに考えるようにしています。
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